板橋2丁目にある神社。



撮影日 2009/12/06
~「子易神社」の案内板より~
御祭神 木花開那姫命(このはなさくやひめのみこと)。
創建年代は不詳だが、境内地が延宝2年(1674年)の水帳に記載されており、
創建はこれ以前に遡ると思われる。
富士浅間神社(ふじせんげんじんじゃ)の御分霊を勧請(かんじょう)したと伝えられ、
旧金井久保村の鎮守であった。
江戸時代は、社号を子安宮またや子安明神とも称し、
安産・子育ての神として信仰を集めた。
近くの福生寺(ふくしょうじ)が別当であったが、
明治初年神仏分離により子易神社と改称した。
境内に祀られている子安観音は、明治2年(1765年)に造立されたもので、
当社の別当寺であった福生寺に安置されていたが、同寺が廃寺になった際この地に移されたという。
神社入口にある胸突地蔵(むなつきじぞう)は、別名身代り地蔵とも呼ばれ、
元禄8年(1695年)に造立されたもので、もとは神社の裏手(現金井窪保育園)にあった。
台座には「右上尾」「左河越」と刻まれており、道標にもなっていた。
平成6年3月 板橋区教育委員会


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