平安地蔵 (2015.08)

ときわ台

南常盤台二丁目、マンションとマンションの合間にある史跡。
大東亜戦争時の空襲によって亡くなられた方の供養のため、2体の地蔵が造られ祀られている。

撮影日 2015/08/18

~「平安地蔵」の案内板より~
昭和20年(1945年)6月10日、午前7時55分により約2時間にわたり、
この付近一帯はB29による空襲をうけました。
「帝都防空本部情報」の記録によると、
死者269名、重傷者86名、建物の全壊260戸、投下爆弾(250キログラム急)116個、
罹災者(りさいしゃ)2,467人、罹災世帯498世帯とあります。
区内では最大の死者を出した空襲といわれ、実際にはこの数字より多い被害があったようです。
戦後、亡くなった人々の供養と再びこの悲劇を繰り返すまいという誓いのもとに昭和23年6月10日、
地元有志の人々が浄財を集め、おとな、子どもを表す大小の地蔵そ造立、平安地蔵と命名しました。
太平洋戦争を語る区内では数少ない史跡の一つです。
平成7年度、板橋区の記念物に登録されました。
平成9年3月   板橋区教育委員会

ときわ台
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