八坂神社 (2015.02)

成増

成増2丁目にある神社。
現在の川越街道を作るにあたって昭和8年に今の場所へ移動したとのこと。

写真の左手に川越街道、右手はかつての川越街道とのこと。

撮影日 2015/02/15

~「新田宿(しんでんじゅく)と八坂神社(八坂神社)」の案内板より~
板橋宿の平尾(板橋3丁目)で中山道と分かれた江戸時代の川越街道は、
上板橋宿、下練馬宿を経て、白子宿へ向かいます。
八坂神社右手の道が当時の川越街道で、
この付近は、白子川へ下りるための大きく曲がった急坂(新田坂という)になっていました。
新田坂から白子川の間は、新田宿とよばれた集落で、対岸の白子宿から続いて街道沿いに発達していました。
昭和初期には、小間物屋や魚屋、造り酒屋などが軒を連ねていました。
八坂神社は、京都の八坂神社を勧請(かんじょう)したといわれ、
「天王(てんのう)さま)とも呼ばれています。
御祭神は、素戔嗚命(すさのおのみこと)と稲田比売命(いなだひめのみこと)です。
元々は現在地よりやや南側にありましたが、昭和8円(1933年)の
川越街道新道(国道254号線)工事の際に移されました。
平成11年3月   板橋区教育委員会

成増
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