赤塚城跡 (2008.03)

赤塚

赤塚溜池公園のとなり、山の上にあり、都立赤塚公園の一部となっている。

赤塚城址の記念碑。

高台なので回りを見回すこともできる。ただ木々が多くあるので見晴らしはそれほどよくはない。

芝生が地面を多い、桜の木が広場を囲っている。

記念碑の横にパネルがあったのでこちらもパチリッ!

~武蔵千葉氏と赤塚城跡~

下総国の守護千葉氏は、古河公方足利成氏(あしかがしげうじ)と関東管領上杉家とが争った享徳の大乱に巻き込まれ、一族で骨肉相食む争いを繰り広げました。康正2年(1456)成氏方の軍勢に攻められた千葉実胤・自胤(これたね)兄弟は、上杉家の助けをうけ、市川城を逃れて赤塚城と白浜城(現台東区)へ入城しました。
寛正4年(1468)に兄の跡を継いだ自胤は、太田道灌に従って各地を転戦、現在の和光市や大宮市、足立区内に所領を獲得するなど、武蔵千葉氏の基盤を築きました。
その後、武蔵千葉氏は、南北朝以来の領主であった京都鹿王院(ろくおういん)の支配を排除するなど赤塚の支配の強化に努め、北条氏が武蔵国へ進出してくるとこれに従い、豊臣秀吉に滅ぼされる天正18年(1590)まで勢力をふるいました。
城は荒川低地に面し、東と西に大きく入り込んだ谷に挟まれた台地上にあります。その縄張りは、地形の観察等から都立公園の広場の部分が一の郭(くるわ)、梅林の部分が二の郭、そしてその西側が三の郭とする見解もありますが、正確はことはまだ明らかとなっていません。

平成13年3月

板橋区教育委員会

かなりの本数の梅の木が植えられていて、花の咲く見ごろの時期は絶景になると思われる。

~城址の梅林~

梅は春を告げる花です。
ここ城址の梅林は梅畑であったものを農地から譲りうけ、平成7年6月から公園地として皆さんに親しんでいただいております。

白加賀(シラカカ) バラ科 サクラ属
花期は2月下旬~3月上旬

中国が原産の梅は花を見るだけでなく果実も採れる実利の植物でもあります。
毎年、公園管理所では梅の実を地元の看護学校の生徒さんたちに摘んでもらいその一部を近隣の福祉施設にもさしあげたいと考えています。
毎年、子供達が楽しみにしていますので梅の実には手を触れないよう、皆様のご協力をお願いいたします。

梅一輪一輪ほどのあたたかさ
嵐雪

平成11年5月

都立赤塚公園管理所

撮影日 2008/03/26

赤塚
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