番場口の庚申塔(2020.12)

徳丸8丁目、紅梅公園内にある史跡。
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撮影日 2020/12/08
~「番場口の庚申塔」の案内板より~
古代から行われていた庚申信仰は、人の体内にいる三尸(さんし)という三匹の虫が、
いつも人の罪や過ちを観察していて、60日ごとに回ってくる庚申の日に人が眠りにつくと、
体内から抜け出して天帝に罪や過ちを報告し、
天帝から寿命を削られるという考えにもとづいて発展したものです。
そこで人々は庚申の日の夜に三尸が抜け出さないように集まり、徹夜で祈祷や飲食を行いました。
この組織が庚申講で江戸時代に広まりました。
また、その講の継続を記念して建てられた石造物が庚申塔です。
番場口の庚申塔は、文久二年(1862年)に徳丸村講中により建てられたもので、
台石の向かって左面には「東 にしだい道/西 ふきあげ道」と刻まれており、道標もかねていました。
この庚申塔はその刻銘どおり、もともとは西台から成増方面の台地下の崖線に沿って通っていた峡田道(はけたみち)と
呼ばれる道に面して建っていました。
現在の赤塚公園交差点のあたりです。
その後、高島平地区の造成や四葉地区の土地区画整理事業などにより二回移動した後、
平成16年6月にここに移りました。
昔は、紅梅公園から赤塚公園交差点あたりまでが番場という地名でしたので、「番場口の庚申塔」と呼ばれています。
移動はしましたが、今も番場地区内に建ち、地域の歴史を伝えています。
平成30年3月 板橋区教育委員会

徳丸
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